エレナの囁きに、リノアはただ静かに頷いた。
言葉の奥に潜んでいたのは疑念ではない。確信に近い感覚だ。目に見えない何かが、確実にこの島の空気に紛れている。リノアも、それを肌で感じ取った。
「……ここに、長くいないほうが良いかもしれない」
エレナはそう言って、小屋の壁に立てかけていた布製の荷袋を肩にかけた。弓も丁寧に取り上げて、背中の革製のホルダーに収める。その動作には、長年の経験に裏打ちされた無駄のなさがあった。
矢筒の残量を指先で確かめた後、エレナはちらりとリノアに目をやった。
「準備はいい?」
リノアが頷くのを確認すると、エレナは背を向けて、小屋の扉へと歩き出した。
その背に漂っていたのは強さではなく、何か見えないものに導かれているような儚さ──そのような印象を受けた。
小屋の扉を静かに閉じて、二人は淡く揺れる木漏れ日の中へと足を踏み出していった。
午後の光は木々の隙間から斜めに差し込み、地面にまだら模様の影を描いている。
一見すれば、どこにでもある長閑な森の昼下がり──けれど、その光景には妙な違和感があった。
葉の色がわずかに色あせ、光を受けても艶を返さずにいる。
二人の足音が、かさり、かさりと枯葉の上で規則的に響く。その音さえも、まるで森の奥に吸い込まれていくような不自然な静けさを孕んでいた。
「ここ、前に来たことがある気がする」
エレナが呟いた。
けれど、それは現実の記憶ではなく、まるで夢の断片のようにあやふやで、輪郭の定まらないものだった。
「私も。けど、それっておかしくない? 私たち、この島に来たのは初めてのはずなのに……」
リノアは胸の奥にぼんやりと広がる既視感に息をのんだ。
その場に、ひと時の沈黙が落ちる。
「……怖いわけじゃないの。ただ……進んだら、何かが壊れるような気がして」
エレナの言葉は誰に向けるでもなく、そっと森へ溶けていった。
リノアは言葉を返さず、ただ静かに頷く。
言葉にしてしまえば、胸の奥に漂うこの微かな何かが崩れてしまうような気がしたからだ。
風が梢を揺らし、陽の光が木漏れ日になって足元を漂う。その美しささえ、どこかよそよそしく感じられる。
リノアはそっと視線を横に送った。
エレナの張り詰めた静けさの横顔の奥に、隠しきれない不安の色が微かに浮かんでいる。
「怖いと感じるときって、きっと──